後藤玲子

後藤玲子

市場の失敗・政府の失敗と国民の役割

 

1 「市場の失敗」と政府の役割

 「市場の失敗」とは、市場メカニズムが効率的な資源配分に失敗することです

 市場では、需要と供給に応じて価格が柔軟に変動することで、分散した情報が価格に縮約されます。この価格メカニズムがうまく機能していると、人々は分業によって互いに利益を享受できるので、資源は効率的に配分され、経済全体の豊かさ(いわゆる「パイ」)は拡大します[1]

 新古典派経済学では、このような市場による効率性を完全競争市場モデルで説明します。完全競争市場モデルとは、厳しい前提条件(外部性や情報の非対称性が存在しないことなど)を置いた架空の数理モデルです。完全競争市場モデルの前提が満たされると、市場均衡において社会全体の余剰は最大化され、結果としてパレート最適が実現します。パレート最適とは、誰かの効用を下げることなく、他の誰かの効用を高めることができない状態のことです。

 しかし現実の市場において、完全競争市場モデルの前提条件がすべて満たされることはありません。市場は常に何らかの点で完全競争から逸脱しており、その結果として「市場の失敗」が生じます。その市場の失敗を補完する役割を担うのが政府です。政府は、市場がより適切に機能するように、規制や政策を通じて市場の機能を補完します。

 例えば、「価格支配力をもつ企業が存在しない」という前提が崩れると、独占や寡占といった不完全競争が生じ、価格メカニズムは適切に機能しなくなります。このような場合、政府は独占禁止法などの競争政策を通じて競争を促進し、価格メカニズムが適切に機能するように働きかけます。

2 「政府の失敗」と国民の役割

 市場が失敗するのと同様に、政府も失敗します

 政府は万能機械ではなく、政治家や官僚から成る集合体です。政府が利用できる情報や知識には限界があるため、市場の需給動向を正確に把握したり、適正な政策水準を判断したりすることは困難です。また、仮に政府が豊富な知識や情報を持っていたとしても、政治家や官僚は国益よりも自分の利益を優先して行動するかもしれません。

 例えば、補助金や規制による産業政策は、政府が将来の成長分野を正確に予測できないために、失敗に終わることが多いものです。しかし、一度導入された規制や補助金を廃止することは容易ではないため、民間部門の経済活動が長期にわたって歪められることがよくあります。また、政府が定義する「弱者」への支援策では、社会が本来支援すべき人々よりも、仲介団体により多くの公金が配分されてしまい、不公平が助長されるといった問題も指摘されています。

 一般に、市場の失敗を補完するのは政府の役割で、政府が失敗しないように監視・統制するのは国民の役割です

 政府による非効率や腐敗を防ぐためには、国民が政府の行動を監視し、政府が適切に機能するように働きかけることが必要です。その前提として、国民が政府の役割と限界を正しく理解している必要があります。

 しかし日本の高校までの学校教育では、「市場の失敗」は多面的に扱われている一方で、「政府の失敗」については明示的に扱われていません

 現在の高校公民科の学習指導要領には、「市場の失敗」について次のように記述されています[*2]

  • ・・・「市場経済の機能と限界」については,市場経済の効率性とともに,市場の失敗の補完の観点から,公害防止と環境保全,消費者に関する問題も扱うこと。(p.130
  • 市場経済では,市場の競争性が維持されている場合においても,公共財やサービスの提供がされにくいことや,環境破壊のような外部不経済が発生するなどの市場の失敗がある。・・・自由で公正な競争を維持するための政府による適切な政策が必要になっている。これらの市場の機能と限界や課題の解決の在り方について多面的・多角的に考察,構想し,表現できるようにすることが求められる。(p.138)

 このように高校公民科の学習指導要領では、市場の限界や問題点が示され、市場を補完する存在として政府の役割が強調されています。他方で、「政府の失敗」という概念や、政府介入そのものが非効率や歪みを生む可能性については、明示的に扱われていません。その結果、「市場には欠陥があり、政府はそれを是正する頼れる存在である」という一面的な理解が形成されやすい構造になっています。この点は、主権者教育という観点から再検討されるべきでしょう。

3 福澤諭吉『学問のすゝめ』の教え

 かつて福澤諭吉は、『学問のすゝめ』の中で、「愚民の上に苛(から)き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理(ことわり)なり。」と述べました[3]

 ここでいう「愚民」とは、勉学に励んでいないので智恵がなく、それゆえ恥もなく、私利私欲のために悪事を働く人のことです。それに対して「良民」とは、学びを通じて物事の道理を理解し、私利私欲ではなく公益の観点から行動できる人々のことを指します。政府が国民目線の政治を行うかどうかは、国民のあり方に大きく左右されるという主張です。

 「市場の失敗」と「政府の失敗」は、基本的にトレードオフ関係にあります。市場の失敗を小さくするために政府の役割を大きくすると、特定集団への利益誘導や、過度な規制によるイノベーションの阻害といった政府の失敗が生じやすくなります。逆に、政府の失敗を避けようとして市場に委ねすぎると、独占や公害などの市場の失敗が顕在化します。したがって、どちらか一方のみを重視するのではなく、状況に応じて両者のバランスを調整していくことが重要です。

 しかし現在は、法規制の数や国民負担率の推移に見られるように、政府の役割は拡大傾向にあります[4]。国民が政治や政策に無関心だと、その拡大を抑える力は弱まり、競争による価値創造よりも、補助金や規制をめぐるレントシーキング活動が活発化する可能性があります[5]

 こうした事態を防ぐためには、私たち一人ひとりが智恵と判断力を養い、政府を監視し、国民全体の利益にかなう政策が実現するよう働きかけ続けることが大切です。

[*1] 下記おススメ文献のハイエク(2008)第4章「社会における知識の利用」参照。

[*2]  箇条書きの文章は、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説【公民編】」(平成307月)から引用。

[*3]  福澤諭吉(1978)『学問のすゝめ』岩波文庫;福澤諭吉(斉藤孝訳)(2009)『現代語訳 学問のすすめ』ちくま新書

[*4] 立法爆発については、榎並利博(2015)「立法爆発とオープンガバメントに関する研究―法令文書における〈オープンコーディング〉の提案」『研究レポート』(富士通総研経済研究所)419号。許認可等の根拠条項等数の推移については、総務省行政評価局(2018)「許認可等の統一的把握の結果について」。計画の簇(そう)生については、松井望(2024)「法律による行政計画策定の事実上の〈義務付け〉―〈自由度の拡大〉路線のなかの〈自由度の縮小拡大〉への道程」『年報行政研究』59: 54-77。

[*5] レントシーキング活動とは、新しい価値を生み出すのではなく、規制や政治的影響力を利用して既存の利益の分配を有利にしようとする行為のことです。こうした活動は非生産的で資源の浪費を招くだけでなく、汚職や腐敗を誘発する可能性もあります。

おススメ文献

①渡瀬裕哉(2020)『税金下げろ、規制をなくせ:日本経済復活の処方箋』光文社新書

  • 真面目に働く人が正当に報われる社会は、いかにして実現できるのでしょうか。本書はこの問いに答えようとしています。
  • 著者によれば、日本経済が「失われた30年」に苦しんできた背景には、政治家と官僚による税負担や規制の拡大、そして合法的な利権構造があります。現状を変える鍵は、政府に依存するのではなく、国民自身が減税と規制緩和を求めることにあるとして、それを実現するための具体的な方策が示されています。
  • 著者は国際政治アナリストで、アメリカでの減税運動の広がりや規制緩和の実例を通じて、アメリカにおける「大きな政府」との闘いを描き出しています。日本とアメリカにおける「大きな政府」との闘いの歴史を知りたい方にもお薦めの一冊です。

②柿埜真吾(2021)『自由と成長の経済学―「人新世」と「脱成長コミュニズム」の罠』PHP新書

  • 近年、「環境破壊を防ぐためには資本主義による経済成長を諦めるべきだ」という脱成長論が声高に唱えられています。本書は、そうした主張を感情論ではなく、歴史的事実と経済の実態に基づいて冷静に検討し、正面から批判しています。
  • 著者によれば、環境主義の衣をまとった脱成長論は、経済成長を止めることでかえって人々の生活を困窮させ、自由や豊かさを奪い去ってしまいます。脱成長という甘美ですが危うい思想に対して、経済成長が人々の生活と自由を支えてきた現実に根ざした視点から再考を迫る一冊です。

③山本勝市(2019)『福祉国家亡国論』、呉PASS復刻選書44、呉PASS出版

  • 1975年に出版された本の復刻版でありながら、国民負担や社会保障費が増大する現代日本を論じているかのような切れ味を持つ一冊です。著者は元衆議院議員で、オーストリア学派の経済学者ハイエクやミーゼスの研究者としても知られています。
  • 著者は、福祉国家と自由社会は根本的に両立しないと警鐘を鳴らします。政府が「本人の利益」を名目に強制力の行使を正当化し始めると、「法の支配」は次第に権力者の恣意的な政治へと変質し、個人の自由は善意の仮面の下で静かに侵食されてしまうためです。
  • 福祉の名のもとに自由が切り崩されていく現代において、本書の警鐘はいまなお重く響きます。私たちが何を守り、何を手放すべきなのかを改めて厳しく問い直す上で、示唆に富む一冊です。

④フリードリッヒ・フォン・ハイエク(西山千明・矢島鈞次 監修、嘉治元郎 他訳)(2008)『個人主義と経済秩序』ハイエク全集I-3【新版】、春秋社

  • 本書は、著者が1930年代から1940年代にかけて執筆した論文を集めた論文集です。自由主義や個人主義を、単なる倫理的価値観や政治的イデオロギーとしてではなく、「知識や情報がどのように社会の中で利用されるか」という観点から捉えている点に大きな特徴があります。
  • 著者によれば、市場の本質は完全競争という理想状態にあるのではありません。分散した知識が価格という形に縮約され、誰一人として全体像を把握していなくても秩序が形成される点にこそ、市場の本質があります。このように市場を知識の縮約メカニズムとして捉えることで、市場の失敗を大きな政府が解決できるという考え方の構造的な問題点が鋭く浮かび上がってきます。市場の役割を理解する上で必読の一冊です。

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